2016年7月に設立した研究開発組織「ペパボ研究所」。精力的に研究発表を続けており、創設から3年経った2019年夏は、2つの国際会議での論文発表が決定しています。今回は、国際会議で発表する2人の研究員・三宅さんと孔命くんに、ペパボ研究所の活動についてお話を伺います。
三宅 悠介
あだ名:三宅さん
Twitter : @monochromegane
ペパボ研究所の研究員、プリンシパルエンジニア。2012年中途入社。サービスの運用開発のほか、ログ活用基盤 Bigfootの構築に取り組み、サービスを動的に改善していくための仕組みづくりと機械学習に興味を持つ。2017年より研究職へ従事、推薦システムやコンピューティング・リソースの最適化に取り組む。最近ハマっていることは、英語を勉強すること。
野村 孔命
あだ名:こうめい
Twitter : @Komei5296
ペパボ研究所の研究員。2017年新卒入社。大学時代は集積回路の自動設計やマルチプロセッサシステムに関する研究に取り組む。 2018年にペパボ研究所に配属。セキュリティと運用技術の研究に取り組む。最近ハマっていることは、 格闘ゲームをすること。
ペパボ研究所のミッションと活動
ー ペパボ研究所は、どんな活動をしている組織ですか?
三宅:事業を差別化する技術をつくるために、コンセプトの「なめらかなシステム」のもと、研究開発に取り組む組織です。現在は客員研究員を含めて6名で活動しています。
ー 「なめらかなシステム」について、詳しく教えてください。
三宅:わたしたちが日常でふれるシステムは、ユーザーが使うときはもちろん、エンジニアの運用においても様々な障壁を抱えています。このゴツゴツとした障壁を取り除いた、生産性の向上と、個々のユーザーに合った体験を提供できる、未来のシステム。これをなめらかなシステムと定義しています。
図説すると「なめらかなシステム」には以下のような3つの定義がある。
(1)利用者と情報システムとが継続的な関係を取り持つ過程において、利用者それぞれに固有のコンテキストを見出したり、新たなコンテキストを創出したりできること
(2)要件1を、利用者による明示的な操作を課すことなく実現できること
(3)要件1および2によって得られたコンテキストに基づき、情報システムが利用者に対して最適なサービスを自動的に提供できること
図は「なめらかなシステム」に関する論文より (栗林健太郎、三宅悠介、松本亮介, なめらかなシステムを目指して, マルチメディア、分散、協調とモバイル(DICOMO2018)シンポジウム, 4B-3, Jul 2018)
ー 技術研究を専門とする組織は、他のIT企業にもあるんですか?
三宅:他の企業にも研究組織はあります。ただその活動には幅があって、事業に直結した活動に特化した組織もありますし、逆にもっとアカデミックな活動に特化した組織もあります。
ー 具体的にペパボ研究所ではどんな活動をしているか教えてください。
三宅:まずペパボ研究所の特徴としては「事業を差別化する技術をつくること」が組織のミッションに掲げられているので、事業部と連携を取りながら研究開発をしています。
研究員は、論文を執筆する時間も持っていますが、研究成果を実際のサービスでテストや導入から効果検証まで実践しています。サービスにおいて一定の成果がでれば、学会などの研究報告を行う場で成果を共有し、フィードバックやヒントをいただいて、さらに事業部へ還元する。こういうサイクルを繰り返しています。
ー 事業と密接に関わる研究スタイルは、学生時代の研究と大きく異なると思いますが、新卒で研究員として配属された孔命くん、いかがでしょう。
野村:僕は2017年に新卒入社して、約1年半、研究員として活動していますが、サービスが抱える課題に対して実務的な提案のチャンスがあるのは、学生時代の研究との大きな差です。一方で、学生時代のようにただ研究を進めるだけでなく、サービスの課題に対する意識や視点も必要になってきます。
国際会議での発表への意気込み
ー おふたりとも国際会議での発表が目前と伺いました。
三宅:はい。7月に行われる国際会議で発表します。僕は、プログラミング言語Goの国際会議「GopherCon 2019(ゴーファーコン)」に、孔命くんは、IEEE(アイトリプルイー)の国際会議「COMPSAC(コンプサック) 2019」に登壇します。
ー 発表されるテーマについて、それぞれ教えてください。
野村:僕の研究領域はセキュリティの分野で、今回のCOMPSACでは、データベースにある機密情報を攻撃から保護する手段として「Webアプリケーションテスト中に発行されたクエリを使用した、ホワイトリストを自動的に生成するための方法」を提案します。
従来の自動生成方法だと、ホワイトリストの作成と継続的なメンテナンスに時間がかかっていたのですが、今回提案する方法は、テスト段階でホワイトリストを自動生成することで、ホワイトリストの運用にかかる手間を削減できます。
三宅:僕の発表する研究テーマは「フィードバック制御を用いたゴルーチン起動数の最適化」で、ざっくり説明すると、プログラミング言語Goには、並行したタスク処理を簡潔かつ安全に実現するための「Goroutine(ゴルーチン)」という機能があるのですが、より安定して高い処理性能を発揮するために、開発者の経験則を踏まえた並行数の地道な調整を行うことがあります。ただ、状況が多岐に渡る場合には、最適な数値が算出できなかったり調整に多くの時間と工数を要したりするという問題がありました。今回提案するしくみを使うと、最適な数値を動的かつ継続的に求めることができるようになるので、リソースの効率化が期待できます。
ー こういった研究は、ペパボのサービスにどのように生きていくのでしょうか。
三宅:僕たちの研究は、ペパボの事業部と連携して検証してきたものですが、事業の問題を直接的に解決するための研究ではなく、課題の設定や定義を抽象化し、よりシンプルで一般化された解決策を導きだすことを目指しています。なので、今回発表する提案も、決してペパボのサービスだけでなく、幅広い領域や事業に応用の効くものだと考えています。
そのうえで具体的にペパボのサービスでの応用を考えると、僕の研究の場合は、クラウドコンピューティングにおける仮想サーバー台数の最適化にも応用できるので、レンタルサーバー「ロリポップ!」の「マネージドクラウド」にも活かせるのではないでしょうか。
ー 研究を進める上で、苦労したことを教えてください。
野村:学生時代、僕は、集積回路の自動設計やマルチプロセッサシステムを勉強していて、セキュリティに関してはゼロからの研究でした。所属してからの1年半の研究の中でも特に、最初の課題の設定に苦労しましたが、救いだったのは、研究員同士で週1回相談・報告する場があったこと。自分の調査したことを話すと、先輩たちが新しい解釈や次のステップのアドバイスをくれました。
三宅:後輩として孔命くんの研究を見ていると、大変なテーマだったと思います。それでも一生懸命、へこたれずに何度も検証を重ねて、研究発表をやりきるところまで到達できたのは、すごいことです。
ー 国際会議の登壇に向けて、意気込みをお願いします。
三宅:今回の発表をもとに有識者の方々と、事業だけでなく業界を発展させられるようなディスカッションをしたいです。
野村:自分の研究した内容を、聞いてくれる方たちへきちんと届けられるよう事前準備をしっかりして臨みます。英語もがんばります(笑)。
ペパボ研究所と2人の研究のこれから
ー 今後の研究について教えてください。
三宅:僕の場合、これまで幅広い領域で研究をしてきたので、今度はもう少し大きなテーマを固めたいです。ただ、これまでの研究を俯瞰すると、一見バラバラのように見えて「複雑な環境に適用していくための手伝いが好き」という共通項も見えてきたので、過去の研究を統合したり発展させながら、なめらかなシステムの実現を目指して活動していきたいです。
野村:僕は、今回セキュリティの領域に関する研究を発表しますが、そのテーマとは違う分野の研究にもチャレンジしてみたいです。
ー ペパボ研究所はこれからどんな活動を展開していくのでしょう。
三宅:これまでは研究員それぞれがテーマをもっていて、事業部と協力しながら研究を進めてきましたが、なめらかなシステムをさらにスピードを上げて実現していくために、研究所で大きなテーマを定めたうえで、研究員同士が協力してそれぞれの得意な領域で研究を進めていくやりかたにも、チャレンジしていきたいです。
ー 最後に、ペパボ研究所に興味を持っている方へメッセージをおねがいします。
野村:僕はペパボ研究所に入りたくてペパボへの入社を志願したのですが、その理由のひとつに「自分の研究を実際のサービスで機能させて、ユーザーさんに届けたい」という気持ちがありました。大学時代、自分の研究を実際のサービスに生かしていくイメージが湧きづらかったことも、背景にあるかもしれません。
なので、学生の方であれば「今勉強していることが社会でどう役立っていくのか?」に興味のある人に、仲間になってもらいたいです。ペパボ研究所は、様々な得意分野のある先輩たちからヒントをもらえるので、研究を実践のレベルへと一歩進められるはずです。
三宅:僕も事業部からの異動なので、事業への貢献はやりがいのひとつとして非常に感じています。ペパボにはECやホスティングなど、表現を支援するためのサービスが10以上あって、どのサービスでも差別化するための技術が求められています。ペパボ研究所は、そういった環境で、自分のスキルややりたいことを生かして、アカデミックな活動もできるのが最大の魅力です。とてもいい意味で、研究とサービスが近い組織だとおもうので、その両方に貢献することに興味のある方と一緒に働きたいです。